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グリーンネックレス、2回目が開かれました。
会のあり方について、結構いつも考えてしまうのですよね。「目的」を明確にして「対象者」を限定して運営するのが会の基本だとは承知しています。でもね、私はそういうのつまらないと思う。
私は、この会の対象者を幅広くあいまいにしたいんですよね。それにはリスクはあると思うのですよ。不安を呼びますからね。対象者、活動内容を限定するということは、わかりやすいだけに、不安状態が強い人には有効です。
でも、思ったのですよ。そんな不安状態の強い渦中の人は、出向いて場に参加することは難しいのではないかと。むしろ、そういう人には、アウトリーチが必要なのだろうな、と。そういう方とのつながりを作るためにも、グリーンネックレスという会が存在していて、月1回開かれていることは有効なのだと思うのです。
こういう場があり、動きがあると浸透していけば、ここに手紙や、電話や、メールでSOSを出しやすくなるかもしれない。女性の悩みを、女性にすることが出来る。そしてあまりに近しい距離の相手ではないために、プライバシーの問題に悩むことが少なくてすむ。そして、専門的なかかわりが必要であるなら、継続的なかかわりが必要であるなら、その地域の支援団体に声をかけていく、手紙やメールでの継続交流なども場合によっては考えていく。そうやって広がっていく可能性があると思うのです。
私は当事者同士のつながりを広げたいし、大事だと思う。もやいのときとは別に、「保証人」というものを介在させず、「ただの私」で仲間と出会い直したい、つながりたい。そして積極的に、もやいでは出会っていない別の場の当事者とも出会っていきたい。
そして、支援者とも出会っていきたいし、つながりを広げたい。そしてグリーンネックレスの中では、支援者としての堅苦しさは忘れてほしい。一緒に楽しみ、悩み、模索する女性であってほしい。
そして支援者でもなければ、自分を当事者とも思っていない女性とも出会いたい。そしてその方は「支援者」、「当事者」にどんなイメージを持っているのかを見つけてもらいたいと思う。
私は今書いていて笑いそうなのだけど、癒しの場において「当事者」、「支援者」なんてくくることを、ナンセンスだと思っています。モチロン配慮は必要。ただ、それは「当事者」と呼ばれる人に対してだけ払うものだろうか?違うと思うの。心の力動は、いつだって相互。運営側が招く側に配慮する。しかし同時に招かれた側も、細やかな心配りをしているの。それを上手にキャッチしあえたら、もっともっと豊かな何かが育まれていくのではないかしら?だから、場に集う人は、みんなでその「場」を作るのですよ。空気をみんなで作り出し、シェアしていくのです。
ただね、場を作る、企画を遂行するということは、責任がついて回るのですよ。その責任を背負っていく心構えがね、運営側、いわゆる「支援者側」に求められることだと思います。そして、これがひっじょーに、大変なんだよね。でも、喜びも、ひとしおだと思うのです。
Nさんの作ってくれた小鳥ちゃんを飾って、次回もグリーンネックレス、いつもの日に、いつもの時間で、あなたをお待ちしています。